実存主義では、理論や一般法則よりも目の前の人間そのものを理解することが大切だと考えます。特定の理論に基づいてクライアントを判断していくということをしないのです。役割としてのカウンセラーとしての立場を取らず、一人の人間として接するべきだとも言います。なぜなら大切なのはその人がそこにいることであって、クライアントがあるがままになるために心を通わせる(エンカウンター)することこそが大切だと考えるからです。
ではいったい、カウンセラーは何を考え、何をしたらよいのでしょうか。
実存主義の姿勢
これまで学んできた理論では、カウンセリングはクライアントから意味のある話を引き出したり、心理テストによって特徴を把握して治療する、というような具体的なアプローチを取りました。物事には因果関係があるため、カウンセリングの成功には何か問題を取り除くための対処が必要だと考え、これをこうすればこうなる、というようなパターンがあることを前提にしています。
しかし実存主義では前述したように、とにかくクライアントと心を通わせることを重視し、治療的な行動を取ることはありません。心を通わせる感情体験が自然と問題の解決に導くとする考え方なので、ただ相手と気持ちを一体にすることを目指すのです。
答えになっていないように思われるかもしれませんが、いわばカウンセラーとしての立場や目的を一時脇に置いておき、心を通わせることに力を注ぐことが実存主義的なカウンセラーの仕事とも言えます。
これは、カウンセラーは個人として自分の考えを積極的に述べましょう、ということでもあります。好きなものは何かと聞かれたら素直に答え、相手の意見が間違っていると感じたらそれを率直に伝えることで人間関係が築かれるということです。
コミュニケーション不全の現代においては、このようなあくまで個と対峙する実存主義的なカウンセリングが好まれるケースも少なくありません。クライアントが心を通わせられる相手を求めているということも多いからです。
ですが実存主義は非常に哲学的でなかなかつかみ所がなく、またプロフェッショナルとしてのカウンセラーの役割も不明瞭です。ただ話を聞く相手であれば、カウンセラーである必要があるのかといった疑問も出ることでしょう。
一方で治療者・患者というような上下・役割関係がある見方や、全体の傾向に当てはめて科学的に扱おうとする他理論が見落としている、一人一人を真の意味で大切にするという姿勢は非常に大切です。
カウンセリングを行う際には過度な実存主義に陥ることなく、その思想を含みながらクライアントと接することで深みのあるカウンセラーになっていけるでしょう。
実存主義の弊害
実存主義の「実存は本質に先立つ」とする考え方は、ややもすると本質(法則・ルール)など関係ない、というような考えになります。学校・職場・社会のルールを破ることも、実存主義的立場から言えば一概に「修正すべき問題」とも呼べないのです。
実存主義的考え方では、サルトルが「人々は自由の刑に処せられている」と言ったように、個人個人の自己実現の必要性に迫られるためかえってどう行動したらよいかわからないという問題をはらんでいます。
実存主義はそういった多様な価値観の中でどう自由を処理するかという時代背景のもの広まりましたが、結果として答えを提示することはできず、実存主義を曲解して「どんなことでも許される」というようなわがまま放題に対する言い訳を与えてしまっている側面も否定できません。
現代の日本でも同様で、カウンセリングを行う場面でも大抵のカウンセリングがロジャーズ的な実存主義を汲んだものであるため、行動を否定されないのをいいことにわがままし放題のクライアントに出会うこともあるでしょう。
実存主義とはどういう意味があるのか、よく考えて自分なりの哲学を作っていくことが必要です。
章末確認問題
この章で学んだことを理解できているか、練習問題で確認しましょう。