自己理論とは、ロジャーズが提唱した来談者中心療法(来談者中心カウンセリング)の基礎となる理論のことです。ロジャーズはフロイトと異なり医師ではない立場からカウンセリングに携わっていた人物です。精神分析に比べ一般の人にも理解しやすく、また来談者を中心にクライアントとカウンセラーを対等としてカウンセリングを行っていく姿勢などが評価され一般的に浸透していきました。
自己理論の考え方
自己理論も精神分析と同様、原則として人間は本質的に生物であり、本能を中心とした存在であると考えます。自己理論では、生物的な本質を有機体(エスに該当する)と呼びます。これと、後天的に学習される自己とバランスをとれている状態が望ましい状態であると考えました。
有機体
ロジャーズの自己理論では、「人間には本来よい方向に向かおうとする内在的な力がある」と考えます。これが、生物的本質ともいう有機体です。フロイトのエスのように衝動的・爆発的なエネルギーというより、有機体は生物をより大きな枠組みで見たときの進化、進歩や保存の本能といったイメージで、成長、自己実現、自律などを欲するものです。
そのため、フロイトのように元々危険なエスを抑制しなければならないという観点よりも、元々持っている有機体を活かすために、後天的に学習や刷り込みをされた考えなどに意識を向けます。
頭で考えるよりも、体感を元に判断したほうがよいとする考え方です。
自己とは
自己理論では、有機体が外の世界とやりとりをしている際に、自意識が発生すると考えます。自己とは「私」と認識する範囲のことです。
この、自己が自己のことをどう考えているかということを、自己概念(セルフ・コンセプト)と呼びます。一般に言われるセルフ・イメージに該当します。
例えば、「自分は優しい人間だ」「自分は人に好かれない人間だ」などという自己に対する概念のことです。
自己理論の目指す姿と対処
この自己概念が有機体の働き(自然にわき上がる感覚)と一致している状態が自己理論の目指す姿です。
カウンセリングを通じてクライアントの自己概念を探り出し、自己概念を適切で自然な状態に変容させることでクライアントの行動が変わります。例えば、「自分は頭が悪いから何をやってもダメだ」という自己概念がクライアントを苦しめているなら、それを「自分は頭が悪いわけではなく、やればできる人間だ」というように考える補助をする、といったことです。
ただしこれは、自然の働きに反して思い込みをさせるということではありません。崖のふちに立ちながら恐怖を感じているのに、「自分は勇敢で恐怖など感じない」というように思い込むことは、生物の本質である有機体の働きに反し、自己と有機体の調和が取れていない状態だと考えるからです。
また、客観的事実よりも現象学的世界を大切にします。現象学的世界とは、その人がどのように世界を捉えるか、ということです。
つまり状況が同じでも、考え方次第で感じる世界が変わるということであり、これが自己理論を用いてカウンセリングをする際に重要なポイントです。
例えば受験に失敗したから「自分は頭の悪い子だ」と認識しているとして、受験に失敗したという事実に変わりはありません。ですが、受験に失敗=頭の悪い子、というのはその人の考え方であり、受験に失敗=より楽しい学校に入れた というような認識をすることも可能なのです。
このように、クライアントの自己概念を変える手助けをすることが、自己理論に基づくカウンセラーの仕事と言えるでしょう。
ロジャーズと来談者中心療法
来談者中心療法とはアメリカの心理学者、カール・ロジャーズが提唱した考え方で、カウンセリングにおいてはカウンセラーの知識や権威よりも、来談者(クライアント)を重視するということが基本です。
ちなみに、ロジャーズが始めて来談者を「患者」ではなくクライアントと呼んだとされています。ここにも、クライアントとカウンセラーは対等であるという姿勢を明確にしたロジャーズの考え方の特徴が現れています。
カール・ロジャーズ
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ロジャーズ理論が日本に広まった頃は当時の反権威的な風潮とあいまって、それまでの精神分析の権威的な姿勢に対するアンチテーゼと捉えられ、日本でのカウンセリング理論といえば来談者中心療法というくらい強い影響力を持つようになりました。ロジャーズ自身も何度も来日しています。