特性・因子理論を活用するには前述のように統計学の素養が必要とされますが、心理学そのものが実験に基づくデータを蓄積した学問であり、統計的・確率的な考え方が非常に役に立ちます。
統計学の考え方とカウンセリングの関係
例えば3人のクライアントが同じような、自分に自信がないために他人と上手く関われない、という悩みを抱えていたとします。
そのうちの1人には積極的に人と関わる練習をすることを薦め、残りにはまず自分の服装や声の出し方を練習してから人と関わるように薦めたとします。
そのうち、積極的に人と関わる練習をしたクライアントはすぐ挫折してしまいましたが、服装や声の出し方を練習したほうのクライアントは悩みが徐々に解決していった、という結果が得られたとします。
統計学の考え方がない場合、これは「そうか、自分に自信がない人にはまずトレーニングをして行けば悩みが解決するんだな」というように考えるかもしれません。だから、今後似たようなクライアントが来たら、「みんなこれで上手く行っているからあなたもこうすればいいよ」とすぐに伝えれば解決すると思うようになりました。
しかし、これは正しくないかもしれません。
統計の考えで言うと、2つの点で上記の結論は正しくありません。その2つとは、
- 標本が少なすぎる(または不適切)
- カウンセラーの取った行動と悩みの解決には因果関係が不明
という点です。
標本
標本とは、その「法則」を導きだしたい母集団(前項参照)の中から抽出したサンプルのことです。上記の例で言えば、「自分に自信がないために対人関係で困っている人」が母集団で「クライアント3名」が標本と言えます。
日本だけで考えても、
自分に自信がないために対人関係で困っている人=数百万人
に対し、クライアントはわずか3名です。たったこれだけの経験での結果で、果たして本当に「自分に自信がないために対人関係で困っている人」全員に「トレーニングしてからのほうが対人関係はうまくいく」という法則が言えるのでしょうか。
さらに、本来は標本は無作為に(ランダム)に選ばなければなりませんが、何らかの事情で特定のカウンセリングに来室しているという点でも、標本が偏っている(例えば、都内でのカウンセリングなら都内在住の人ばかりが来ており、対人関係に悩む人でも都内特有の現象かもしれません)と言えます。
統計の世界では、どの程度その標本での結果には信頼がおけるか、ということが標本数などにより導かれるようになっていますが、現実世界ではなかなか正確に信頼度はわかりません。
カウンセリングを行う際には、自らの経験を過信しないようにする姿勢が必要になります。
因果関係
因果関係とは、原因と結果の法則ともいわれ「AによってBが発生した」という関係が成立している状態を指します。
これも多くの経験では無意識のうちに無視してしまいがちです。
感覚的には、カウンセラーであるあなたが取った行動によってクライアントの悩みに影響が出た、ということもできるかもしれませんが、本当にあなたの行動がクライアントに直接影響しているから今回のような結果が発生したかどうかはわかりません。
つまり、たまたま悩みが解決したクライアントが悩み解決の直前に、とある資格試験に合格したことをきっかけに自信を持った結果人と話せるようになって改善したのかもしれませんし、同じような時期に異性に告白されたのをきっかけに自信がついたのかもしれません。
カウンセラーの仕事の多くは直接の因果関係が証明されるような出来事に触れることは困難です。なぜなら、クライアントはカウンセラーとの対面以外に多くの世界に接しているからです。
それでも経験を積んでより正確なカウンセリングをするためには、自身の行動とクライアントの結果の影響を少しずつ知っていくことが必要です。
クライアントの話を細部まで聞くことで、因果関係があることは何なのかという感覚を研ぎすましていく必要があるでしょう。
章末確認問題
この章で学んだことを理解できているか、練習問題で確認しましょう。